ゲーセンぬいぐるみは、昔のマンガやアニメのキャラクターをモチーフとして、基本的に5体1セットで企画されていました。主人公だけでなく懐かしい脇役まで作られる場合が多く、夜のゲーセンを徘徊するお酒などを飲んで少しばかり気分がよくなったサラリーマンの人の琴線に触れ、当時ゲーム機のガラス窓におでこをつけて一生懸命クレーンを操作するおじさんの姿があちこちで見られたものです。
ある程度系統だっており、数が多いというのは、コレクションアイテムの必須条件です。当時、私は、すでに手塚物おもちゃのコレクションをはじめていましたが、主だったアイテムを入手し、すこし落ち着いていた頃でした。
そんな折、前に書いたようにたまたま実家の近くのスーパーで発見したドンドラキュラやBJをきっかけとしてゲーセンに足を運ぶようになっていた私は同じゲーム機の中で一緒に置かれていた懐かしいキャラも、ぼちぼちゲットするようになりました。ちょうどクレーンゲームがブームとなってきた1991年頃のことです。ブームがどんどん拡大して行く中、つぎつぎと、いろいろなキャラクターが出てくるので、こちらも、どんどん深みに入っていくことになりました。それから2、3年はまさに「酒とゲーセンの日々」でした。
ゲーセンぬいぐるみの流通期間はそれほど長くありません。盛り場のゲーセンでは短いところで1週間くらいでゲーム機の中の景品は置き換わってしまいます。常にゲーム機の中に新しく魅力的なキャラのぬいぐるみを入れ、それを欲しがるお客さんにどんどん100円玉を入れてもらうためです。いつでも取れると思っていて、知らない内に日にちがたち、再度そのゲーセンに行ったら、中のぬいぐるみが入れ替わっていた、なんてこともよくありました。そんな時は、すこしはずれた町のゲーセンなどをまわって、所望のアイテムをさがしたりしてました。今なら、ネットオークションなどでも手に入りますが、当時は、欲しいものは正々堂々とゲーセンで獲得するしかなかったのです。
5体セットのうちすでに4体をゲットしており、残り一つももう少しで釣れそうな時などは、客は目的のアイテムをゲットするまで延々とお金をゲーム機に入れ続けます。こうなると、100円玉はゲームセンターのコインと化してしまいます。私も一度にたくさん両替して、ポケットを100円玉で一杯にしながら遊んだものです。以前はやったスペースインベーダーもこんな感じでしたね。
とにかく当時は新しく出る景品キャラクター系ぬいぐるみを全種類そろえようという、とほうもない野望のもと、あちこちのゲーセンに通いつづけました。山手線、中央線などのすべての駅周辺を歩き回りゲーセンを見つけてはクレーンゲーム機の中を覗くという、怪しい行動パターンを繰り返していました。
ゲーセンぬいぐるみは、例えばバンプレストやSEGAなどのような大手のものは、どこでもありますが、比較的マイナーな発売元の場合、地方の方がよく出まわっていたアイテムなどもありました。このため、探索の範囲がしだいに広がっていきました。
福岡県の博多に出張した時などは、出張先で仕事を終えた後、新幹線に乗りこみ、県庁所在地、政令都市など大きな町にひとつずつ降りてゲーセン探し(ついでにおもちゃ屋さんめぐり)をしまくり、夜になると近くに宿を探して泊まるということを繰り返しながら、ゆっくり上京するという無頼な旅をしたこともありました。特に繁華街にはゲーセンがかたまって存在するので、便利のため近くに宿を探しましたが、〇〇ホテルと紙一重の雰囲気のホテルが多く、夜中にぬいぐるみをたくさんかかえて戻って来た小生は、とても浮いてしまいました。日々の収穫品は、次の日に宅配で自宅まで送ってました。
こんな奴、他にいたんでしょうか!
(この話題まだ続く)
(2006.6.3)
ある程度系統だっており、数が多いというのは、コレクションアイテムの必須条件です。当時、私は、すでに手塚物おもちゃのコレクションをはじめていましたが、主だったアイテムを入手し、すこし落ち着いていた頃でした。
そんな折、前に書いたようにたまたま実家の近くのスーパーで発見したドンドラキュラやBJをきっかけとしてゲーセンに足を運ぶようになっていた私は同じゲーム機の中で一緒に置かれていた懐かしいキャラも、ぼちぼちゲットするようになりました。ちょうどクレーンゲームがブームとなってきた1991年頃のことです。ブームがどんどん拡大して行く中、つぎつぎと、いろいろなキャラクターが出てくるので、こちらも、どんどん深みに入っていくことになりました。それから2、3年はまさに「酒とゲーセンの日々」でした。
ゲーセンぬいぐるみの流通期間はそれほど長くありません。盛り場のゲーセンでは短いところで1週間くらいでゲーム機の中の景品は置き換わってしまいます。常にゲーム機の中に新しく魅力的なキャラのぬいぐるみを入れ、それを欲しがるお客さんにどんどん100円玉を入れてもらうためです。いつでも取れると思っていて、知らない内に日にちがたち、再度そのゲーセンに行ったら、中のぬいぐるみが入れ替わっていた、なんてこともよくありました。そんな時は、すこしはずれた町のゲーセンなどをまわって、所望のアイテムをさがしたりしてました。今なら、ネットオークションなどでも手に入りますが、当時は、欲しいものは正々堂々とゲーセンで獲得するしかなかったのです。
5体セットのうちすでに4体をゲットしており、残り一つももう少しで釣れそうな時などは、客は目的のアイテムをゲットするまで延々とお金をゲーム機に入れ続けます。こうなると、100円玉はゲームセンターのコインと化してしまいます。私も一度にたくさん両替して、ポケットを100円玉で一杯にしながら遊んだものです。以前はやったスペースインベーダーもこんな感じでしたね。
とにかく当時は新しく出る景品キャラクター系ぬいぐるみを全種類そろえようという、とほうもない野望のもと、あちこちのゲーセンに通いつづけました。山手線、中央線などのすべての駅周辺を歩き回りゲーセンを見つけてはクレーンゲーム機の中を覗くという、怪しい行動パターンを繰り返していました。
ゲーセンぬいぐるみは、例えばバンプレストやSEGAなどのような大手のものは、どこでもありますが、比較的マイナーな発売元の場合、地方の方がよく出まわっていたアイテムなどもありました。このため、探索の範囲がしだいに広がっていきました。
福岡県の博多に出張した時などは、出張先で仕事を終えた後、新幹線に乗りこみ、県庁所在地、政令都市など大きな町にひとつずつ降りてゲーセン探し(ついでにおもちゃ屋さんめぐり)をしまくり、夜になると近くに宿を探して泊まるということを繰り返しながら、ゆっくり上京するという無頼な旅をしたこともありました。特に繁華街にはゲーセンがかたまって存在するので、便利のため近くに宿を探しましたが、〇〇ホテルと紙一重の雰囲気のホテルが多く、夜中にぬいぐるみをたくさんかかえて戻って来た小生は、とても浮いてしまいました。日々の収穫品は、次の日に宅配で自宅まで送ってました。
こんな奴、他にいたんでしょうか!
(この話題まだ続く)
(2006.6.3)